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ラベル(FUJIFILM GFX50S II)が付いた投稿を表示しています

Shiran Orchid in Color

   Since I use FUJIFILM GFX50SII and its kit lens GF35-70mm F4.5-6.5 WR, I less edit on my laptop. On camera, You can select film simulation and adjust contrast, sharpness, colors and such beforehand. Ideally, when you press the shutter, the work is almost done. I shoot with RAW so I'm not sure if these settings such as contrast and sharpness are reflected to the RAW images but I try to keep things simple as much as possible. I use Capture One because I can create catalog for all my photos I took from 2012 up to now and go back and browse and reedit anytime I want. This time,  I re-developed images of Shiran orchid photographed this year. I began with "ETERNA" color profile, which is one of my  favorite film simulation settings, lowered exposure about 0.8, added some contrast and yellow to give some warm feelings to the highlights and shadows. It's basically the same approach when you photograph images, like using filters. To see the original images, please visit her...

Shiran Orchid in Monochrome

  Prefer color images?  You can see the color  here . 

注文していたポストカードが届きました!

 レッドバブルにて、注文していたポストカード19枚が届きました。今回は、全て異なるデザインを一枚ずつ、Painterly Photography シリーズやLondon、広島の自然をテーマに撮影したものを印刷していただきました。渋めの出来上がりに感謝。いちばんのお気に入りは、Twistとタイトル付けした白猫のモノクロ写真。フィルムの良さが出た一枚となりました。5月末に注文し、到着はおおよそ二週間後の6月中旬。この夏は、うちわ片手にポストカードを書いてみようかなと思っています。

一人旅縁 - 厳島

日帰りで晩春の厳島(宮島)へ  桟橋から徒歩で散策、静かな小径を通りつつ、にぎやかな商店街へと出たあとは大聖院へ。少し戻りつつ自販機にて飲料と栄養食を調達し、紅葉谷ルートへと続く道を通り弥山山頂での夕景を撮影しました。帰りは、大聖院ルートから下山し家路へ。ほとんど手持ちで撮影を行いましたが、弥山山頂での撮影は一部三脚を使用しています。穏やかな瀬戸内海を満喫させていただきました。 10年ぶりの宮島  よくよく考えてみれば、宮島を訪れたのはざっと数えて10年ぶりくらいではないかなと思います。その間に宮島口の路面電車の駅からフェリー乗り場への動線が整理され様子がガラリと変わり、建物も自然と融合するようなデザインに変わっていました。宮島に並ぶお店の様子もすっかり心機一転といった様子。観光客も、カップルよりも家族連れが多く、以前はよく見かけた一人旅でセルフィー棒を持っている方達は少ないように感じました。インバウンドの方が多く集まるエリアのお店は多言語表示があり、一歩入った昔ながらの町屋通りは景観がそのままで風情があり、「ひっそりとした佇まい」を味わえる人の流れを上手に作り出している印象でした。 桟橋〜大聖院  地元の方はどのように日常を送っておられるのかなとも思いましたが、商店街の十字路を通る軽トラを運転する地元の方のお顔を拝見すると落ち着いた面持ちで、「通りますよ〜」と小声でおっしゃりながらソロソロと通行されていて、程よい交流と距離間が保てているのかなぁと想像しました。それぞれが思い思いの時間を過ごせる場所。昼下がりだったこともあるからか週末にしてはそこまで人も多くなく、穏やかな時間となりました。   大聖院〜弥山  大聖院を参拝したあと、弥山山頂へ。穏やかな空と海を眺め、沈む夕日も。山並みに沈む太陽が完全に沈み切る瞬間をじっくりと眺めたのは久しぶりだったように思います。「ぽちょん」と音がしそうな沈み方で、なんだか可愛らしかったです。その光景に居合わせたインバウンドの方と笑顔を交わし、マジックアワーの空と海をもう一度眺めたのち、下山を決めました。実のところ星空を眺めたくて登ったのですが、思ったより肌寒く、カロリーも底をつき、充電器を持っていたのに、途中でカメラを充電する頭も働かないような感じだったので、疲れ果てる前に降参。準備不足でした。「恐怖心」と「迷い」いうのはかなりの...

玄関のパンジーをスマホとFUJIFILM GFX50S II + フジノンレンズ35-70mmF4.5-5.6 WRで撮影

  先日、文字通り「両手に花」を携えて帰ってきた母の片手分のパンジーが玄関に生けてありました。なんとなくスマホで撮影したのち、GFX50S IIでも撮影してみましたので共有させていただきます。 玄関のすりガラスから入ってくる光と蛍光灯の灯りで撮影しました。 moto g24で撮影  まずはスマホで撮影した一枚から。moto g24の自動撮影は色も鮮やかに正確だなぁという印象。HDR撮影をONにしていることもあり、くっきりハッキリした感じですね。近くまで寄れて光量が少なくても手持ちで撮影できるので、スマホってやっぱり便利だなぁと感じました。なんとなく「平べったい」感じは否めないなとは思いますが、みる人によって印象は変わるのでしょうか。  それでは早速、 FUJIFILM GFX50S II で撮影した一枚をお見せしたいと思います。レンズは、標準レンズの フジノンレンズ35-70mmF4.5-5.6 WR を使用しています。普段はSNS投稿用にJPG+RAWで撮影していますが、今回からRAWのみで撮影をすることにしました。カラープロファイル・色温度の変更やシャドウ・ブラックの調整など、編集前と編集後をみていただきます。 編集前    Classic Chromeだと渋い色味でコントラストが強調されて落ち着いた色調になり葉の色や紫の花びらが沈んでいくような印象を受けます。花が主役の一枚ですが、花が置いてある板と焼き物の茶色の方が色の印象が強く、パンジー全体(花・葉・茎)に視線が留まりにくいように思いました。この日の被写体から受け取った印象とは一致していなかったようです。以上を踏まえて Capture One にてデジタル現像した一枚がこちら。 編集後  カメラとレンズが変われば自ずと構図も変わり、こちらは三脚を使用して撮影しています。手持ちでもノイズを抑えて撮影できる機材ではありますが、焦点距離が浅くなるので今回はしっかり固定してISO50, F9, 5Sあたりで2秒タイマーをONにしてRAW撮影しました。色温度を5120kから4800kくらいに下げ、撮影時に設定したカラープロファイルは、クラシッククロームからコントラスを抑えたCINEMAに変更。シャドウとブラックも少し上げて微調整しています。一見ぼんやりとした印象にはなりますが、その時の空気感など、時間をかけて...

ハクモクレン

昨年の剪定で高さを揃えたこともあり、今シーズンは一気に花咲きました。 空を仰ぐ

Sunset Sky

 GFX50S II + GF35-70F4.5-6.5 WRレンズキットで撮影を始めてからやと思った通りの色が出ました。いわゆる「撮って出し」の一枚です。微調整が効くので、撮影はマニュアルで、測光モードは「スポット」に設定しています。色温度もケルビンで設定し、縦軸と横軸がある色のグラフのようなところで、微調整するのですが、なかなか今までのようにはいきませんでした。どうやら色温度の設定の座標軸の見方を逆に見ていたようです。太陽がちょうど山際に差し掛かる時に撮影をはじめたのですが、どうもオレンジだなともう一度挑戦しようと設定を見返して気づきました。太陽が沈み、空が「ぽっ」と色づくその瞬間を捉えました。センサーが大きい分、色のグラデーションも滑らかに出ますね。メカ的な話ができればいいのですが、私はどうも感覚的なところで捉えているようです。 ポートフォリオは こちら からどうぞ

Dusky Sky

Dusky sky, Feb. 2025, Hiroshima, Japan 2025年2月、広島、夕暮れの空。  

光と影04 - ひとつになる

   一言ではなんとも言い表せない気持ちというものがある。その一言は浮かぶものの言葉に出してしまうとなんだか違う。いや、そうじゃないんだよでもこの言葉しか浮かばない。いやでも、もっとふさわしい言葉があるはずなんだよ......と、思いつつも、自分の語彙力のなさに絶望したくもないので、結局その言葉を放っている。その瞬間、「あ〜この語彙力なんとかしたい、なんとかならんかな、あぁこう言えばよかったんだ〜......」と、心の中で同時進行の反省会をしていたりする。  「写真に言葉はいらない」と思っていた時期もあったが、今となっては、写真は言葉があって初めて成立するものだと思っている。それは撮影者本人が語るものでなくとも、写真自体がみる人に語り始め、みた人自身の物語がそこから始まったり拓けてゆくきっかけとなったなら、その写真はアートであり言葉を持つ存在だといつからかそう思うようになった。  写真は真(まこと)を 写す(うつす)と書く。一方英語では、写真を Photography(フォトグラフィー) というが、辞書をみてみると、" photo "は「写真」のほかに「光」の意もあり、また、" graphy "には、「書法、画法、記述法、....術、…学」(ウイズダム英和/和英辞典・三省堂)といった意の要素がある。これを踏まえて写真が「まことの光を捉える画法」であるという前提で作品をつくるとすれば、芸術 " art "(アート)にも美術 " fine art "(ファインアート)にもなり得るのではないかと思っている。デジタルでもアナログでも、それが画像表現という平面であっても、物質として手に取り見ることのできる色や形のある立体物であっても、淀みを払った心、本心を以てつくられたものは美しい芸術作品だと私は思う。 冬の黄昏時、鉢植えのシェフレラに注ぐ光を捉える。  

光と影03 - 朝の光

   雪が降り続く時はじっと静かに部屋で過ごすものの、雪が止んで雲間が晴れた時に見る雪景色というのは、なんとも心安らぐ光景だ。澄んだ空気、冷気すら心地よいと感じるのは太陽のエネルギーを全身で感じ取っているからだろうか。雪国に暮らしたことはないからそう思うのかもしれないが、雪のある風景に憧れがある。終わらない夢と取り留めもない思考がふと落ち着きを取り戻すのと同時に、ふっと心に光が差し込むような瞬間が味わえるような毎日を想像してみる。  しんしんと降り積もる雪、暖かい暖炉、薪が燃えパチパチを音を立てている空間、ストーブでは前日煮込み始めた鳥手羽と野菜のスープが鍋の中でコトコトと踊り、時が来るのを待っている……。  こんな時、ふと思い出すのは我が家の太陽光パネルのこと。雪が積もったということは、パネルにも雪が積もっているのだろう。やっと太陽が出てきたのに、パネルは雪で覆われているなんてなんだかもったいないなぁと思ってしまう。ワイパーがついているとか、温水が流れるとか何かパネルが常に太陽光を受信できるシステムでもあればなぁと思うけれども、ワイパーも温水も零下の中では無力だよなぁと、思いを巡らせてみるけれども、結局「これだ!」という答えに辿り着くこともなく再び思考は別のことへと移りゆく。  ミルクティーを淹れよう。

光と影02 - モノクロの世界

   色の無い世界で唯一彩りを見せてくれるのは光の階調。写真の授業で初めて習ったのは、アンセル・アダムスが提唱した7段階のグレースケールだったことを思い出す。光の明度を6〜7つの段階に分け、世界を見ていくものだが、さらに細かく分けるとどうなるだろうか。どこに基準を置けば、この世界の全体が映し出されるのだろうか。白でも黒でもない真ん中のグレーを定めると、自然と全体がバランスをもって見えてくる。  当時の講師の中に、美しいモノクロプリントを作り出す人がいた。 Silvi Glattauer (シルヴィ・グラッタウアー)というアーティストだ。学校の廊下に飾ってあった彼女の作品に釘付けになった。マーガレットの花頭が3つか4つ、平らな台の上に並んでいる静物写真をコットンペーパーに印刷してあるのだが、これが平面の作品とは思えないほどの立体感を醸していた。  ハイライトは黄色味のある光で、黄色の上に黒が乗っているので、マットブラックというよりはチャコールブラックのような感じだったと記憶している。コントラストの高い白黒写真は見たことがあったが、ここまで明度の表現が豊かなモノトーンの作品は初めてだった。印刷にもいろいろ手法があるが、プリンターでデジタル印刷したようには思えない。今年になって改めて彼女のSNSをフォローし始め、印刷の手法が Photogravure (グラビア印刷)だということを知った。彼女から印刷を学べるのは、2年目からだったので、1年でコースを終えてしまった私の唯一の心残りになっていたが、印刷のワークショップやアーティストレジデンスをなさっているとのことで、まだ学べる可能性はある。私でなくとも、もし、この投稿をお読みのあなたがアート印刷を学びたいというアーティストなら、本当にお勧めしたいと思う。  写真の世界に入る段階でスタジオ写真、フィルム現像は体験してみたが、私の身体には合わないようで体調を崩してしまった。食生活の改善を試みてわかったのは、私の身体は化学薬品や人工のものに影響を受けやすいということ。そのことがわかってからは、屋内外問わず自然光を活用してデジタル撮影するという今のスタイルをキープしているものの、憧れは果てしないものだ。写真はフィルムが好きだし、私がコレクターだったら、一番に彼女の作品を購入しているだろうなと、これもまた憧れになってしまうのだ...

写真紹介 - 光と影 – シェフレラの葉01

 

一人旅縁 - 鳩が舞う空

 年末、名古屋へ。  当初は18きっぷを利用して再び在来線でチャレンジしようと思っていたのだけれど、年末の混雑具合を想像して怖気づき、一晩で到着する高速バスから各駅停車の新幹線こだま、ひかり、さくら、そしてのぞみへと検討が移行し、結局、全席指定ののぞみを予約し、新幹線で向かうこととなった。  駅に到着すると早速のお手洗いラッシュ。外にまで行列が続いている。手を洗い待合室に向かうと、こちらは通常より本数が多いためか入れ替わりが早い。すんなりと席につき、発着の時間とホームが表示される掲示板を見つめたり本を読んだりしているうちに時間が過ぎた。そろそろ出発だ。ホームに着くと、すでに予定の列車が停車していたので、乗り込むことに。隣は空席。周りはほとんどが諸外国の方々。日本も多民族が当たり前になったんだなぁと、新大阪駅で乗り込んできた乗客でこの車両の席は私の隣の席以外はすべて埋まったようだ。  名古屋駅に着いても、その印象は続き、向かう先々には多言語が響いていた。  一日目は大須通りを、二日目には大須通から大須観音を参拝した。名古屋駅から歩いた時には途中に教会があるのが見えた。JR鶴舞駅から歩いた時には曹洞宗のお寺を見かけたので、この通り周辺は多宗教がそれぞれの神や仏様を祀って一つの街を形成していることになる。なんだかすごいところだなぁと、大須神社の門をくぐると、境内で鳩の群れが観光客から餌をもらっている光景に出会った。鳩に餌をあげたり記念撮影をしたりとそれぞれの時間を過ごしている。お堂の階段に並び参拝した時も、お経が響き渡る中、日本語・中国語・各国の言葉が参列者から聞こえていた。賽銭箱の近くには一応、参拝の作法を書いた案内板はあったものの、各々の礼儀作法をもって参拝しているようだった。この自由さがなんだか心地よい。  参拝を済ませて階段に差し掛かったところで境内を見ると、餌をついばんでいた鳩が見当たらない。見当たらないが、羽音が聞こえる。上を見上げると、お堂の上空を鳩の群れが飛んでいる。羽ばたいたかと思うと、屋根に戻り、屋根に停まったかと思うとまた羽ばたく。澄んだ青空のもと、鳩の群れがお経に合わせて旋回する光景は私たち旅人を思わせた。  空も大切なことも一つ、別々に見えても繋がっている - そういう思いや願いが溢れる場を体験し実感できた旅だった。  

一人旅縁 - 名古屋駅前の街灯デザイン

    街灯というと、横浜にある関内というところには、日本で最初にガス灯が灯されたという場所がある。JR関内駅から赤レンガ倉庫方面に馬車道を歩いて入舟通りに差し掛かるところにある関内ホールの一角にそれを記念する碑が建っている。ガス灯の灯りはどのように映っただろうか。当初は今よりも真っ暗な夜道を照らすあたたかい光だったのだろうと思う。今はLEDの照明が普及して、蛍光灯の光がより白くなった。視界はよくなるが、ガス灯や白熱電球のようなオレンジ色の光は、ほっと心を落ち着かせてくれるように思う。  さて、こちらは、愛知県の名古屋駅前の街灯。電球が緑色とオレンジ色の球体で覆われていて、それを支えるパイプは三つに分かれている。駅前の数個だけかなと思ったら、この通りは全部このデザインの街灯だった。緑とオレンジ、東海道本線の列車にも緑とオレンジ色の線が入っていた。なぜこの色なのか。三河が江戸を支え続けてきたという歴史のあらわれだろうか。デザイン一つで歴史を語れるなんて、なんて奥深いんだろうと、見上げた空には月が浮かんでいた。兎にも角にも、想像力をくすぐられた光景だった。

一人旅縁 - 自然と暮らすまち - 島根県鹿足郡津和野

津和野駅の通路 国産杉の木がふんだんにあしらわれていて、照明も温かみのある印象。点字ブロックと床のタイルの合わせ方も自然な印象で訪れる人の心を和ませるようなつくりになっていた。駅舎は2022年竣工。古い街並みに溶け込み、これからも歴史を重ねていくだろう。 駅横の駐車場にあるシェアサイクル ゆっくり歩いて散策するのもいいが、津和野城跡やもう少し伏見稲荷神社など、駅から離れた場所への移動はこちらが便利。駅前の自転車屋さんにも店先にレンタサイクルが10台前後並んでおり、台数は十分用意されているようだ。自転車はカゴ付きなので、リュックも載せて移動できそう。 10年前に見かけた駅名とプラットフォームはそのままになっていた。丸みのある山並みにきっちりと四角い白塗りの木の看板、右から左に読む感じがなんともグッとくる。 10年前にも同じアングルで撮影した。背は縮んでいないと思うので、同じ目線。前回は早朝だったので、空がはっきりと見えたが、今回は昼下がりかつ曇天だった。ここにしばらく住んでいたら、電車が通る時間を楽しみにして散歩をするかもしれないなぁと、そんなことを思いながらゆっくり歩いた。 立派な壁と、謎の扉 おそらく焼き杉に漆喰の壁。土台は石が敷き詰められているのだろうか。窓というか四角い扉の上についた瓦屋根と軒が渋い。建築の知識はないので想像するだけだけれど、何も知らなくてもいろいろを想像させてしまうこのつくりはなんともすごい。 お湯が沸いている? 津和野川の土手側に主流とは少し色の違う水が流れていた。パイプを伝って出てきていたが、排水という感じではない。赤褐色の水底からは泡がぷくぷくと出ていて、水が湧き出ているようだった。そういえば広島から吉賀町・津和野の道中、道の駅には温泉スポットが必ずと言っていいほどあった。水の豊かなこの一帯、土砂災害で大変な被害を受けた時もあったけれど、自然の景観を維持した補強作業も行われ、昔ながらの風景が守られている。 県道13号 県道が石畳なんてかっこいいなと思う。バスも通っていた。周辺の建物は改修工事中で、2024年12月27日に完了するそうだ。この通りには民族資料館や歴史的な建物、お店が並び、秋には黄色く染まった銀杏の木が通りを彩る。  海鼠壁 「なまこかべ」と読む。グレーの石壁にナマコのような丸みを帯びた半円柱の格子模様をあしらえた壁...

一人旅縁 - 夜明けのキャベツ

   名古屋駅、桜通り側の花壇で見つけたキャベツ。愛知県はキャベツの生産量が全国一位とのこと。色とりどりの花に囲まれ堂々と葉を重ねてまるまるとしている様子はなんとも立派だった。周囲にはモダンなビルが立ち並ぶ「小さな丸の内」というような印象を受けた。というよりも、おそらくそいういう感じで作られた一角なのだと思う。駅から少し歩いたところにKITTE名古屋がある。最初はスタバでコーヒーでもと思ったが、奥に入っていくとおむすび屋さんを見つけたのでそちらで夜ご飯を調達して宿に戻ったのを思い出す。名古屋の特産品と言われるものは結局食べなかったけれど、出発の日の朝、花壇に鎮座する新鮮なキャベツを駅前で拝むことができた。 - 旅の思い出

一人旅縁 - 鹿寄せに遭遇した時の一枚

      在来線で東京-名古屋-広島 からの帰り、奈良に寄り道。朝の奈良公園を散策していたら、ラッパの音が聞こえ、それまで人間観察をしながら地面でのんびりしていた鹿たちが一斉に立ち上がり、駆け出しました。車道にかかるとスピードを落として歩いて横断歩道を渡るという落ち着きも見せつつ、一目散にラッパが鳴る方へ。他の観光客の方たちに倣って鹿の後に続き、私も「鹿寄せ」に寄せられました。鹿たちが目指す先には、仕事着姿の方が腰にホルンを携え竹籠からどんぐりを繰り出しておりました。人間と野生の鹿が共生する一つの知恵なのかなと思います。どんぐりが一つのところに撒かれると、鹿も集まる。奪い合うこともなく、輪になって、ギュウギュウになりながらも、交互に頭をもたげ、安全確認と(どんぐりの)残量確認をしつつ、もぐもぐと一心におやつタイムを味わっているようでした。 - 旅の思い出

一人旅縁 - Day Trip to Kanoashi District, Shimane, Japan - 日帰り旅で島根県鹿足郡へ

 早朝出発。家族の車で1時間ほどかけて島根県鹿足郡吉賀町〜津和野へといって参りました。  母の「森で大きな木が見たい」という希望に乗っかり、広島の雑誌「Grande(グランデ)」で読んだという吉賀町(よしかちょう)を目指しました。  広島ICから六日市ICまで高速でおおよそ1時間。  途中、吉和SAで休憩し秋の移ろいを味わいつつの出発。六日市ICを降りるとそこはもう吉賀町のエリア。吉賀町から津和野までは県道で1時間弱の道のりです。まず、六日市ICを降りてすぐの直産・物産館「やくろ」にてお買い物。早速EMを見つけて気分は上々の様子。お野菜も吟味して購入。ただただ木々を見ていたいのだと思っていた私。家庭菜園のための「仕入れ」に気合が入っていました。やくろでお買い物のあとは、水源公園に向かいました。 駐車場から見た水源館 水源公園の案内図  水源公園には、大きな千年杉杉が祀られています。駐車場に車をとめ、水源公園の看板で大体の様子を見てから入りましたが、秋は草木が茂っている状態。それでも広島では見かけることのない小さな花々を発見しては母も兄も顔を綻ばせ、清流や水の生き物も見つけたりと、3人でキャッキャしておりました。杉の木の元には聖水のような池があり、青く光っているように見えました。恐るおそるお参りをして、その後記念撮影。湿原が現れたときに通れるように木の遊歩道を見つけましたが、心もとない感じ。失礼して目視で大丈夫そうなところを歩かせていただきました。杉の木にたどり着く前に気になるスポットがあったので、そちらまで歩いて振り返ると杉の木の全体像が見え、杉の木の観察に励む二人が見えました。手を振ると応えてくれる二人の純真さには毎度頭が下がります。真似はできないけれど、見習いたいものです。 そして個人的に気になっていたスポット、若緑色に見える葉を携えた木を目指して歩いてみると、木々の周りにニョキニョキと映える何かが……。ニョキっと地面から出ている木の一部は、呼吸根と言われるそうで、幾つもの呼吸根がそれぞれ単体の生き物のように見え、不思議な光景をつくりだしていました。他にも香ばしい香りのする木があったり、オレンジ色の種をたくさんつけている木を見つけたり、水場にある木の遊歩道では足元が草で覆われていて、危うく落ちそうになりったりと、それでも間一髪で怪我もなく美味しく持参のお弁当を車...