色の無い世界で唯一彩りを見せてくれるのは光の階調。写真の授業で初めて習ったのは、アンセル・アダムスが提唱した7段階のグレースケールだったことを思い出す。光の明度を6〜7つの段階に分け、世界を見ていくものだが、さらに細かく分けるとどうなるだろうか。どこに基準を置けば、この世界の全体が映し出されるのだろうか。白でも黒でもない真ん中のグレーを定めると、自然と全体がバランスをもって見えてくる。
当時の講師の中に、美しいモノクロプリントを作り出す人がいた。Silvi Glattauer(シルヴィ・グラッタウアー)というアーティストだ。学校の廊下に飾ってあった彼女の作品に釘付けになった。マーガレットの花頭が3つか4つ、平らな台の上に並んでいる静物写真をコットンペーパーに印刷してあるのだが、これが平面の作品とは思えないほどの立体感を醸していた。
ハイライトは黄色味のある光で、黄色の上に黒が乗っているので、マットブラックというよりはチャコールブラックのような感じだったと記憶している。コントラストの高い白黒写真は見たことがあったが、ここまで明度の表現が豊かなモノトーンの作品は初めてだった。印刷にもいろいろ手法があるが、プリンターでデジタル印刷したようには思えない。今年になって改めて彼女のSNSをフォローし始め、印刷の手法がPhotogravure(グラビア印刷)だということを知った。彼女から印刷を学べるのは、2年目からだったので、1年でコースを終えてしまった私の唯一の心残りになっていたが、印刷のワークショップやアーティストレジデンスをなさっているとのことで、まだ学べる可能性はある。私でなくとも、もし、この投稿をお読みのあなたがアート印刷を学びたいというアーティストなら、本当にお勧めしたいと思う。
写真の世界に入る段階でスタジオ写真、フィルム現像は体験してみたが、私の身体には合わないようで体調を崩してしまった。食生活の改善を試みてわかったのは、私の身体は化学薬品や人工のものに影響を受けやすいということ。そのことがわかってからは、屋内外問わず自然光を活用してデジタル撮影するという今のスタイルをキープしているものの、憧れは果てしないものだ。写真はフィルムが好きだし、私がコレクターだったら、一番に彼女の作品を購入しているだろうなと、これもまた憧れになってしまうのだろう。どうしたって手に届かないようなものが欲しいのだ。
いろいろ諦めて、これだけは譲れないと保持しているのは、光の諧調表現の豊かさ。個人的な感想だがキヤノンの色は発色がよく赤が綺麗で、原色の表現が綺麗だ。ソニーは透き通るようなサイアンが綺麗だ。エントリーモデルでも粒子(デジタルなのでピクセルだろうか)が細かいような印象。ニコンは黄色と黒。そして、富士フィルムは緑だけでなく紫色に特徴があるように思う。カメラメーカーそれぞれの色の特色があるとしても、私が見た色を表現するときは光の温度と露出が出発地点になり、最終的な色は自分で出す必要があるので、それはそれとして、富士フィルムのミディアムフォーマットを選んだのはダイナミックレンジの広さが大きな決め手だった。人それぞれ見える色や感受できる光の段階があるとしても、豊かな光の階調の中で表現される作品は、みる人の受容性や感性をくすぐるものになるのではないかと思う。